フェリーが鈴島の桟橋に着いたとき、翔太が最初に気づいたのは音だった。
東京では音は壁だった——電車のアナウンス、工事の振動、スマホの通知音、人々の足音が重なり合って隙間のない音の壁を作っていた。鈴島の音は違った。波が桟橋の杭を叩く規則的なリズム。カモメの声。そして、どこからともなく聞こえてくる風鈴の澄んだ音色。
「翔太!」
桟橋の端に祖母が立っていた。記憶の中のハルばあちゃんは背が高くて力強かった。五年ぶりに見る祖母は少し小さくなっていたが、目の光は変わっていなかった。黒い瞳の奥にある、ガラスを溶かすような熱。
「大きくなったねえ。」ハルは翔太の顔を見上げて目を細めた。「お父さんに似てきた。」
翔太は何と答えていいかわからなかった。父の話題は母との間では禁句だった。
「荷物はそれだけ?」
スーツケース一つ。東京の生活をたった一つのスーツケースに詰め込むのは思ったより簡単だった。友達にはLINEで「引っ越す」とだけ送った。「どこに?」「島」「マジ?」「マジ」。それきりだった。
祖母の家は港から坂を五分上ったところにあった。古い木造平屋で、庭に柿の木があり、軒先に風鈴が三つ下がっていた。風が吹くたびに三つが順番に鳴った。ド、ミ、ソ。和音。
「ばあちゃん、これ狙って調律してるの?」
「当たり前でしょ。」ハルは当然のように言った。「風鈴は楽器だよ。音が合わなきゃただの鉄くずだ。」
家の裏手に工房があった。離れの小屋で、中にはガラスを吹くための窯、鉄を叩く金床、そして壁一面に並んだ完成品の風鈴たち。何十個もの風鈴が棚に並び、窓から入る風に時折揺れて、小さな演奏会を開いた。
「ここで作ってるんだ。」
「六十年。」ハルは窯に手をかざした。火は入っていなかったが、まるでまだ温もりを感じるかのように。「じいちゃんの代から数えたら九十年。」
翔太は工房の隅に積まれた箱に気づいた。中を覗くと、割れた風鈴の破片がびっしり入っていた。
「失敗作。」ハルが言った。「風鈴は百作って、音が合格するのは二十。そのうち本当にいい音が出るのは三つか四つ。」
「厳しいね。」
「ものを作るってのはそういうことだよ。」ハルはエプロンを手に取った。「さ、翔太。手伝ってもらうよ。夏祭りまであと四十二日。百個の風鈴を完成させなきゃいけない。」
「俺、風鈴なんか作ったことないよ。」
「私だって最初はそうだった。」ハルは笑った。皺だらけの顔が、その瞬間だけ少女のように見えた。「まずは火の起こし方から教えてやる。全部はそこから始まる。」
翔太はエプロンを受け取った。手に持つと、祖父の匂いがした——覚えていないはずの、鉄と炭と汗の匂い。
工房の窓から夕陽が差し込み、壁の風鈴たちが金色に光った。瀬戸内の風が吹き、一斉に鳴った。翔太はその音の中に立って、初めて——東京を出てから初めて——深く息を吸った。
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