Genesis
瀬戸内海に浮かぶ小さな島、鈴島。人口三百人、信号機ゼロ、コンビニなし。夏になると風鈴職人の工房から澄んだ音色が島中に響き渡り、観光客が「日本で最も美しい音のする島」と呼ぶようになった。
藤原翔太、十七歳。東京の進学校に通っていたが、父の事業失敗で両親が離婚。母方の祖母が暮らす鈴島に引っ越してきた。都会の喧騒から一転、波と風鈴の音しかしない島での生活に翔太は戸惑いを隠せない。
祖母・ハルは島で唯一の風鈴職人だ。八十歳を超えてなお、毎朝五時に工房に立ち、ガラスを吹き、鉄を叩き、一つ一つの風鈴に命を吹き込む。しかし最近、手の震えが止まらない。医者は「もう無理をするな」と言うが、ハルは聞かない。今年の夏祭りに出す「百の風鈴」——島の伝統行事で百個の風鈴を神社の境内に吊るす——を完成させなければ、この伝統は途絶えてしまう。
翔太は祖母の手伝いを始める。最初は義務感から。しかしガラスの泡が膨らむ瞬間、鉄片が音を生む瞬間、風が風鈴を揺らして島全体が歌い出す瞬間——翔太は自分がずっと探していた何かに触れていることに気づく。
一夏の物語。祖母と孫、職人の手と若者の迷い、失われゆくものと受け継がれるもの。風鈴の音に乗せて届ける、静かで温かい物語。
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